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戦国時代年表その8

慶長年間(1596-1614)

慶長(けいちょう)/後陽成・後水尾天皇朝/将軍不在→徳川家康・秀忠将軍

朝鮮再出兵、秀吉死去、関ヶ原、大坂の陣

元号(改元月) 西暦 干支[閏月] 主な出来事
慶長元(10) 1596 丙申[7] 七月:畿内大地震。これにより東山大仏大破。
11月:豊臣秀吉秀吉、キリスト教26人を長崎で処刑。
慶長2 1597 丁酉 2月:秀吉が日本の諸将に対して朝鮮再出兵の陣立てを定める。
9月16日:鳴梁海戦李舜臣李舜臣VS藤堂高虎藤堂高虎ら)
12月~年明け:蔚山の戦い明・朝鮮連合軍VS加藤清正加藤清正ら)
慶長3 1598 戊戌 3月:秀吉の醍醐の花見
8月18日:秀吉死去
10月:徳川家康家康ら五大老及び石田三成三成ら五奉行、朝鮮の日本軍に帰国を指示。
同月:泗川の戦い(明軍VS島津義弘島津義弘
11月:順天の戦い:明劉綖陳璘並び朝鮮権慄・李舜臣VS小西行長小西行長
同月15日:露梁海戦(李舜臣・陳璘VS島津義弘ら)
慶長4 1599 己亥[3] 1月:豊臣秀頼秀頼、伏見城より大坂城に移る。
物故者:閏3月前田利家前田利家、5月長宗我部元親長宗我部元親
慶長5 1600 庚子 2月:宗義智宗義智、小西行長らと朝鮮に和議の書を送り、捕虜百数十人送還す。
6月:朝鮮の学者姜沆帰国。
9月15日:関ヶ原の戦い
慶長6 1601 辛丑[11]
慶長7 1602 壬寅
慶長8 1603 癸卯 2月12日:家康征夷大将軍
慶長9 1604 甲辰[8] 物故者:3月黒田官兵衛黒田官兵衛
慶長10 1605 乙巳 3月:松浦大師来日し徳川秀忠秀忠と伏見で謁見。通信使派遣、捕虜の送還など合意。
4月16日:秀忠征夷大将軍
物故者:9月山内一豊山内一豊
慶長11 1606 丙午 3月:江戸城修築開始。
慶長12 1607 丁未[4] 3月:島津家久 琉球侵攻。
5月:己酉(きゆう)約条締結。物故者:柳成龍
物故者:12月西笑承兌西笑承兌
慶長13 1608 戊申 琉球中山王尚寧王が家康、江戸で秀忠将軍に謁見。
宣祖死去。
慶長14 1609 己酉 家康と秀頼の二条会見。
慶長15 1610 庚戌[2] 物故者:8月細川藤孝細川幽斎
慶長16 1611 辛亥 3月27日:後陽成天皇が政仁親王(御水尾天皇)に譲位。(後花園天皇以来の院政を復活。)
物故者:4月浅野長政浅野長政、6月真田昌幸真田昌幸および加藤清正加藤清正
慶長17 1612 壬子[10]
慶長18 1613 癸丑 物故者:8月浅野幸長浅野幸長
慶長19 1614 甲寅 11月:大坂冬の陣
元和元(7) 1615 乙卯[6] 5月:大坂夏の陣
  

戦国時代年表

永正-大永-享禄(1509-1531)天文(1532-1554)弘治-永禄-元亀(1555-1572)

天正前期(1573-1585)後期(1586-1591)文禄の役(1592-1596)慶長の役 (1597-1598)

慶長(1596-1614)/ 元和(1615-1623)

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