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戦国武将解説

浅野長政(あさの-ながまさ)

プロフィール

浅野長政
Nagamasa Asano

別名・長吉(ながよし)。秀吉の側近で五奉行筆頭。

文禄の役では、渡海しようとする秀吉を諫言して中止させた。

東北武将の指揮監督を担っていた為、伊達政宗とも親交がある。

三成の権勢は長政を凌いだ為、影が薄いが、庶民から上は家康まで慕われている優秀な行政家。見直されるべき武将である。

享年65(1547-1611)。

同い年は真田昌幸黒田官兵衛武田勝頼最上義光より一つ年下。

詳細

1.現役活躍中の名は長吉(ながよし)

浅野長政浅野長政は尾張国生まれ。豊臣秀吉秀吉の正室・北政所北政所の妹婿。長政と改名したのは晩年で、現役活躍中は長吉(ながよし)の名を用いました。よってこれ以降、ここでは長政を長吉と言います。

長吉は織田信長織田信長に仕えていましたが、早くから秀吉に属し、近江・播磨・山城などで知行を得ました。

天正一八(1590)年、小田原城(北条氏政北条氏政と氏直)攻めでは、北条氏の支城・岩掛城を攻略しましたが、降伏を申し出た城兵を快諾して開城させた所、秀吉に無断で開城させるとは言語道断!と大きな怒りを買いました。

同年の奥羽検地には、石田三成石田三成大谷吉継大谷吉継と奉行を務め、翌年の九戸政実の乱には、羽柴秀次の軍奉行として従軍しました。

2.太閤に一喝!

豊臣秀吉の領土的野心による、二度に渡る朝鮮侵攻、文禄・慶長の役

文禄元年(1592)、長吉は三成と増田長盛とともに朝鮮に渡り、軍事を監督しましたが、秀吉の渡鮮に関して強く反対しました。同年四月、長政は自らの首をかけて秀吉に諫言しました。

今日秀吉が渡海したならば、「明日は必ず国々に殺人・謀反などの悪行を働く者が出てくるでしょう。ですから進み出て朝鮮を討つことはふさわしくありません。[註1]」とにかく朝鮮から軍隊を撤退して、「諸大名を休息させ、万民が安堵の思いをなすようにするべきでしょう。」

しかし返って秀吉の怒りは増すばかりで、前田利家前田利家蒲生氏郷蒲生氏郷がこの場をなんとか鎮(しず)めました。

3.事態は石田三成と家康の激論へ

長吉が秀吉に許され、出仕したのもつかの間の同年五月、加藤清正加藤清正が首都ソウル・漢城(ハンソン)を占領したと報せが届きました。

六月、秀吉は懲りずに朝鮮に向って乗船しようとしました。徳川家康徳川家康と利家その外の人々が引き止めて、直ちに秀吉の前で会議が開かれ、三成と家康の間で激論が交わされました。

三成は、秀吉の朝鮮渡海を仰いで秀吉の直接指揮を期待しました。しかし多くの日本中の人々はこれ以上の戦線拡大は望んでいません。

この場は長政が表に出ず、秀吉の渡海を家康と利家で止めました。この結果を長政は、六月九日付上京中宛浅野弾正書状[註2]で喜んでおり、長吉は予め反戦派である家康・利家に根回ししていたとも考えられます。

4.五奉行筆頭に就任

慶長前期地図_中部地方周辺
図1:慶長前期地図_中部地方周辺

文禄二年、長男・浅野幸長幸長とともに甲斐二二万五千石を与えられた長吉は、伊達政宗伊達政宗、南部信直ら奥羽・関東の大名の指揮監督を担いました。

同四年、長男・幸長が秀次事件の時、妻の姉が秀次の妾だったことから連座の罪に問われました。

この為、長吉は一時不安定な時期にあり、三成の権勢は長政を凌いでいましたが、長政は五奉行筆頭となり、豊臣秀頼豊臣秀頼の擁立に重責を負うことになりました。秀吉が死去すると、九州博多で朝鮮出兵の撤収に尽力を注ぎました。

5.民政家

関ヶ原の戦い。長吉は勿論、家康の側について、徳川秀忠徳川秀忠の配下になることを命ぜられ、美濃大井に出兵しました。

戦後は江戸に住み、関ヶ原の戦いから一六年後、江戸にてその生涯を閉じました。享年65。

優れた民政家であり、旧領甲斐・播磨の庶民にその人徳を慕われ、また囲碁に長け、しばしば家康との盤上の争いを楽しみ、長吉没後、家康は囲碁の遊びを断つほどだったと伝わっています。

浅野長政 相関図

家族

長男:浅野幸長浅野幸長

豊臣家

主君:豊臣秀吉豊臣秀吉豊臣秀頼秀頼九戸政実の乱:総大将羽柴秀次を補佐。

同僚で反派閥:石田三成石田三成 

東北の武将で縁のあった武将

伊達政宗伊達政宗南部信直南部信直

味方

徳川家康徳川家康前田利家前田利家蒲生氏郷蒲生氏郷

長政繋がり

浅井長政浅井長政黒田長政黒田長政

  

関連トピック

浅野長政肖像素材豊臣秀吉家臣団

文禄・慶長の役

相関図

朝鮮・明連合軍文禄の役 日本軍慶長の役 日本軍

概要

文禄・慶長の役とは

地図

東アジア各国関係図朝鮮八道色分け地図合戦地図

年表

文禄の役 略年表慶長の役 略年表

官位相当表

朝鮮の官制その1 京官その2 外官-陸軍・水軍、地方行政

明の官位相当表

日朝国交回復

日朝国交回復年表

補註

註1:『寛政重修諸家譜』三〇九(『浅野家文書』付録五六九項)

註2:六月九日付上京中宛浅野弾正書状(『改定史籍集覧』第十一冊「中外経緯伝」一五八項)