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戦国 隠れた名将ランキング

投票の趣旨

お題考案者 のりたさん メッセージ

名将というと有名な武将を思い起こすのが通常でしょう。しかし有名でない中にも素晴らしい活躍をした武将はたくさんいます。そのような武将たちに光を当てるため、皆さんの考える「隠れた名将」を挙げてほしいです。特にマニアックである必要はなく、ご自身の中で「隠れた名将」に相当する武将であれば結構です。

結果発表

1位_4票

2位_3票

3位_2票

4位_1票

  • 水野勝成:備後(広島県)福山藩祖。
  • 上杉景勝:米沢藩祖。
  • 相良義陽:肥後(熊本県)相良氏18代当主。
  • 武田勝頼信玄の子。第20代武田当主。
  • 立花宗茂碧蹄館の戦い先鋒。柳川藩祖。
  • 高橋紹運:立花道雪同僚。立花宗茂の実父。
  • 相馬義胤:相馬(福島県)藩主。明治まで存続。
  • 延沢満延:最上義光ライバル。
  • 木俣守勝:井伊直政家老。
  • 土井利勝:徳川幕府初代大老。
  • 結城秀康:徳川家康次男で秀吉の養子。
  • 戸田勝成:関ヶ原で大谷吉継隊に属す。
  • 増田盛次:増田長盛次男。大坂の夏の陣西軍。
  • 村井貞勝:信長側近。元祖・京都所司代。
  • 鍋島直茂:佐賀藩の祖。
  • 保科正俊:武田信玄家臣。三弾正の一。

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総投票数

24票(2019年11月1票+8月1票+4月1票+3月1票+2月1票+2018年12月1票+11月1票+9月1票+3月1票+2014年7月3票+2010年5月13票)

みんなのコメント

井伊直虎(いい-なおとら)

  • 女性なのに強く生きていて凄いと思いました。尊敬します。ところで、皆さんは直虎の本当の名前を知っていますか?直虎の本当の名前は、「祐(ひろ)」という名前だったそうです。(実は、私もさっき調べるまでは知らなかったのですが)(東北/女性/ユウキさん/2019.08)
  • 女領主。でも、「いい・なおこ」ではなく、「いい・なおとら」。井伊直盛に男子がいないため、次郎法師と名づけられ、父の従兄弟の直親を婿に迎える予定だった。直盛は、桶狭間の合戦で討ち死に。他に正室を迎えていた直親は、今川家臣の讒言により今川氏真に殺されてしまった。次郎法師が名を直虎と改め、井伊家を継いだ。武田・今川の間で苦労しながら、直親の遺児・虎松(直政)を育て、徳川氏に出仕させ井伊家を守った女性。この女領主なくして、井伊家は存在し得なかった。(リューザキ弾正さん/2010.05)
  • 女だからあまり知られていないけど、子供を徳川方につかせた。(-/-/sweetさん/2014.07)

北条綱成(ほうじょう-つなしげ)

  • 戦上手という点でいかがでしょう。 (ひこさん/2010.05)
  • かっこいいのになあ…どうして隠れてしまうのやら。 (もぎさん/2010.05)

堀秀政(ほり-ひでまさ)

  • 秀吉が天下人になったのも、名人久太郎の活躍も影響していると思います。いかんせん、小田原攻めで38歳で亡くなっちゃったのは、すごく勿体ない・・・し、それによって歴史の表舞台から隠れちゃっている所があるかと思います。長生きしていれば、もっと歴史の表舞台で活躍していたのでは・・・・? (びびんばさん/2010.05)
  • 若くして亡くなったにも関わらず「名人」と呼ばれるのは、よほどの器を持った人物だったからではないかと。光が当たらないというより、当たる機会を得られないまま文字通りお隠れになってしまった名将といったところでしょうか。 (藤九郎さん/2010.05)

水野勝成(みずの-かつなり)

  • 高天神城の戦いから島原の乱までの戦歴が凄い、西の立花宗茂と双璧の武将として名高い武将の上、自由奔放に生きた人生が凄い(近畿/男性/傾奇者太郎さん/2019.11)

上杉景勝(うえすぎ-かげかつ)

  • 偉大すぎる軍神の影に隠れた名将。信長の天下に喧嘩を売り、豊臣政権を奪おうとする意地悪狸の喧嘩を買ったとてつもない度胸の持ち主。もっと評価されるべき勇将だと思います。 (近畿/男性/喜平次さん/2019.05)

相良義陽(さがら-よしひ)

  • カッコいい武将はたくさんいるけれど、この人の最期の散り際はダントツで1位。友情と家族、どちらも守るために自ら死ねた漢。そしてその人を慕い付き従って一緒に殉じた部下。マイナーではあるけれどやっぱり一番憧れる死に様。(-/男性/例の人さん/2019.03)

武田勝頼(たけだ-かつより)

  • 父のせいで目立たなかったり、無能扱いされることも多いが、確実に父と比べても劣らぬ優れた将才を持ってたと思います。織田信長も「日本に隠れなき弓取り」だが「運が無かった」と語っていますし、何より血筋や父の負の遺産のせいで不利すぎます。という訳で、諏訪の血筋じゃ無ければ歴史は変わっていたかも…という期待も込め、武田勝頼を推薦致します(関東・甲信越/男性/絹ごし豆腐さん/2018.02)

立花宗茂(たちばな-むねしげ)

  • まずは西軍に属しながら柳川約十一万石の大名に返り咲けたこと、鬼島津から自分の領地を秀吉が来るまで守り切ったこと、そこでの恩を忘れず西軍に属したこと、朝鮮出兵で鬼のような活躍をしたのに上をゆくような活躍をする奴のせいで(主に島津義弘とか島津義弘とか島津義弘とか)かなり地味な存在になったこと。そして柳川に戻ってきた時、コーエーに厚遇されることに定評がある妻、誾千代をしっかり供養するなど温厚篤実な性格なのに同年代に印象が深い武将がいるせいであまり知名度がない点です。散文ですみません(東海/-/狡知神☆ロキ☆さん/2018.12)

高橋紹運(たかはし-じょううん)

  • 主家が勢力を誇っている時いかに忠勤に励もうと、斜陽の主家を見捨てるのは禽獣と変わらないと言って、2万とも5万ともいう島津の大軍を相手に僅か763名で籠城戦を行い、全員玉砕して秀吉から『乱世の華』と賞された忠義の武将です。家臣と共に死にたいと思わせる魅力がたまりません。 (九州/男性/千熊丸さん/2018.11)

相馬義胤 (そうま-よしたね)

  • 伊達輝宗・政宗親子と対等以上に勝利、秀吉・家康からも期待、慶長・元和大津波を自分の力で克服(東日本大地震より規模大)、転地・移封もなく明治時代まで藩を維持させた。 (関東・甲信越/男性/菅野辰之さん/2018.09)

延沢満延(のべさわ-みつのぶ)

  • 怪力でかっこいい!!(関東・甲信越/男性/セナさん/2018.03)

木俣守勝(きまた-もりかつ)

  • 徳川家臣。家康の命で井伊直政の家老となり、関ヶ原をはじめ幾多の合戦に直政とともに出陣する一方で、直政留守中の領国の整備を取り仕切るなど、軍政両面で井伊家を支えた人物です。箕輪城跡には、彼の屋敷があったと伝わる曲輪「木俣」が残っています。 (関東・甲信越/男性/椿昌家さん/2014.07)

土井利勝(どい-としかつ)

  • 土井利勝でしょうか・・・・・。 (近畿/女性/MICHIKOさん/2014.07)

結城秀康(ゆうき-ひでやす)

  • 隠れてはいないような気がしますけど・・・徳川家康の次男で豊臣秀吉の養子になった人で子供のころ家康に息子とは思われずギギという魚に似ているのでギギ丸という幼名となりました。本多作左に育てらる。関ヶ原の戦いでは上杉の備えで江戸城にいました。家康から特別にお願いされてやりました。 (toyさん/2010.05)

戸田勝成(とだ-かつしげ)

  • 最初は丹羽長秀に仕え、そこで勇将としての名を挙げます。丹羽家の当主が長重に変わると折り合いが悪く、兄の紹介で豊臣秀吉に仕えることになります。しかし丹羽家への忠義心は失わず、影から丹羽家を助けていました。「十万石の価値がある」人材と言われながらも丹羽家への遠慮からか豊臣政権内ではあまり本来の力を発揮することはありませんでしたが、秀吉に取りつぶされそうになった大名達に助言を続けたとか。そしてなんと言っても関ヶ原!大谷吉継の与力として戦場で奮戦した他、前田利長の軍を足止めしたときにも一役買ったんですよ☆ 普段は大谷吉継のオマケくらいの扱いでしかありませんが、この人個人に注目してみるのも井伊・・・良いかも知れません。その時はお兄さんの戸田勝隆にも注目してあげてくださいね。領地で重税かけちゃったから評判は悪いですけど(笑)。 (乱世同好会会長さん/2010.05)

増田盛次(ました-もりつぐ)

  • 五奉行の増田長盛の嫡男。大坂冬の陣では徳川方で戦功を上げるも、豊臣恩顧の心情から夏の陣では城方へ。最期は敵将を組み伏せたところを助太刀に入った徳川方の兵に討ち取られます。その時盛次は長宗我部隊の殿軍を務めていたのですが、その武者ぶりが非常に見事だったとか。 父の長盛にも武功はありますが、森可成の孫(母が可成の娘)であることを知ってさすがだな~、と。ちなみに敵将とは磯野行尚で、彼は姉川の戦いでの活躍が有名な磯野員昌の孫です。姉川の戦いには森可成も信長方で参戦していました。さらに余談ですが、磯野行尚は関ヶ原の戦い後、落延びる石田三成に最期まで付き従っていた三人の家臣のひとりだそうです。近江に隠棲中に召し出された藤堂高虎の隊にいました。 (ソレガシさん/2010.05)

村井貞勝(むらい-さだかつ)

  • 信長の側近。京都所司代の元祖。将軍義昭邸、信長二条新邸の造営、公家との連絡、京の治安維持など、フロイス曰く、貞勝はまさに「都の総督」。事務方に徹した貞勝の人生は、いくさ場での華々しい活躍もなく、本能寺の変で迎える最期もあっけなく、地味過ぎて逆に魅了されるオススメ名将です。 (よろしさん/2010.05)

鍋島直茂(なべしま-なおしげ)

  • 決して無名ではありませんが、あまり注目はされていないと思います。龍造寺隆信を北九州の雄に成長させたのも、直茂の尽力があったおかげです。そして隆信の死後は龍造寺家の実質的な当主となり、巧みな政治手腕で佐賀藩の基礎を作り上げました。「鍋島直茂」の存在をもっと意識しましょう!  (のりたさん/2010.05)

保科正俊(ほしな-まさとし)

  • 高坂昌信・真田幸隆とともに三弾正に名を連ねる、“槍弾正”保科正俊公です。諏訪家臣として武田の侵攻に対抗、後に武田に降伏し信濃先方衆として活躍。優れた槍の腕から槍弾正と呼ばれるように。武田滅亡後は北条に仕えて旧領を奪回。本能寺の変後に徳川へ鞍替えし、後継は譜代大名! しかし……ほかの二弾正は知将タイプのうえ、高坂殿は信玄公とのアレで、真田家は一族がアレで差は開く一方(泣)。さらに、譜代大名の家格が仇となったか、養曾孫にあたる秀忠の隠し子・正之に一族内の知名度を奪われることに……。三弾正の栄誉が幕府の改竄でないことを願います。 (じゅごいのげさん/2010.05)

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