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戦国武将解説

井伊直政(いい-なおまさ)

プロフィール

井伊直政
Nomasa Ii

静岡県出身、滋賀県・彦根城主。幼名は万千代。

徳川家康の家臣の中では新参にも関わらず、徳川四天王の一人となる。

関ヶ原の戦いでは東軍として、豊臣恩顧の福島正則と先陣を争い、徳川が先陣を切ることに成功した。

享年42(生1561-没1602)。 同い年はなんと福島正則。

家康より18歳年下。同僚の本多忠勝榊原康政より13歳年下。

詳細

彦根城のある彦根市に行くと、駅前のお花畑に彦根城を建てた馬上の立派な井伊直政井伊直政像が立ってます。凄いインパクトでした。

徳川四天王のひとりに数えられている直政は、徳川家康徳川家康家臣の新参メンバーですが、実力派でどんどん出世して四天王の中で一番若く、一番石高が高い武将です。また井伊直政隊は「井伊の赤備え」と言って、武具や旗は赤で統一しています。

関ヶ原の戦いでは、先陣は福島正則福島正則隊と決まっていましたが、徳川が先陣をきらないとかっこうがつかないと、豊臣家恩顧の福島正則をだまして徳川が先陣をきることに成功。井伊の赤備えが真っ赤な嘘をついたのでした。お家の為ならなんでもします。そして、関ヶ原の戦いの傷が尾を引いて直政はこの世を去りました。

エピソード

井伊直政が家康の小姓をやっていた時、大久保忠世の陣中にて、味噌味の芋汁が出ました。どの若武者も文句を言わずに食べているのに、直政だけ口にしません。忠世が心配して声をかけると、「お醤油ちょうだい」と直政は言いました。

ただのわがままかよ!なエピソードなのですが、「その日食べるモノにも苦労する兵が多い中、そんな贅沢を言っているようでは、誰も直政についてこないですよ。」と忠世に注意され、改心する直政なのでした。

井伊直政相関図

主君

徳川家康徳川家康  

同僚

本多忠勝本多忠勝榊原康政榊原康政酒井忠次酒井忠次

本多正信大久保彦左衛門

  

関連トピック

井伊直政

素材:肖像橘家紋軍旗イラスト彦根城