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戦国人物解説

武田勝頼(たけだかつより)

プロフィール

武田勝頼
Katsuyori Yamamoto

武田信玄の四男。第20代武田当主。幼名は四郎。

長篠の戦いにおいて、織田信長に敗れ、天目山で自害。

享年37(1546-1582)。

同い年は、最上義光黒田官兵衛

詳細

武田勝頼勝頼は、武田信玄武田信玄の息子で、信玄亡きあと武田家を継ぎました。武田の領土を広げいった勝頼でしたが、長篠の戦いで全てが終わってしましました。

教科書では、長篠の戦いというと織田信長織田信長の目線からしか語られないのですが、武田軍の立場から眺めるとなんとも哀愁漂う戦いです。何代も続いた武田家がここで終焉を迎えるのです。

武田といえば騎馬軍団。しかし、信長軍の大量の鉄砲隊の前に騎馬軍団は太刀打ちできませんでした。あまつさえ何故か退却せずに、鉄砲隊に何度も突撃する武田軍。武田軍の名立たる諸侯はほとんど死んでしまいました。その後、勝頼は織田信忠織田信忠に滅ぼされて甲斐の天目山で自害しました。

信玄が生きていた頃、武田はそもそも上杉家討伐に時間をかけ過ぎていたこともあり、武田家の滅亡を全てを勝頼のせいにするのも酷でしょう。

武田勝頼相関図

お父さん:武田信玄武田信玄/家臣:山本勘助山本勘助 高坂昌信

ライバル:織田信長織田信長織田信忠織田信忠滝川一益佐久間信盛

  

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