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戦国人物解説

立花道雪(たちばな-どうせつ)大友守護神あるいは雷に打たれた鬼

目次

プロフィール詳細相関図参考文献関連記事

プロフィール

立花道雪
Dousetsu Tachibana

柳川(福岡県)立川氏の祖。大友氏筆頭家臣。

別名 戸次鑑連(べっきあきつら)。幼名 八幡丸(はちまんまる)。

若い頃、雷を受けて半身不随となる。

足が動かない道雪は輿(こし)に乗って戦場を駆け巡り、主家の大友家の危機を何度も救う。

その姿に人々は鬼道雪と呼んだ。

享年73(1513-1585)。同世代は松永久秀北条氏康綱成

詳細

大友氏は二〇代大友宗麟宗麟の代まで、三〇〇余年にわたって豊後に君臨してきた名門家。

大友氏一門・戸次親家(べっき-ちかいえ)の子として永正一〇年(1513)鑑連(あきつら)は生まれました。一四歳の時に父と死別、元服すると同時に家督を継ぎました。

毛利元就毛利元就の筑前(福岡県)進行に際し、筑前立花城主が毛利に通じていたので、宗麟から命じられ永禄一一年(1568)に立花城を落とし、毛利軍の進出を阻止。元亀二年(1571)に立花氏を継ぎ柳川(福岡県)立花氏の祖となり、剃髪後に立花道雪道雪と名乗るようになりました。

若い頃、猛暑を避けて大木の下で昼寝をしていた道雪は、落雷に見舞われました。稲妻を浴びた道雪は、枕元の千鳥と名付けた愛刀で雷の中の雷獣を切り捨てました。そのため歩行ができなくなったものの、一命をとり止めることができました。この時から千鳥改め雷切(らいきり)と改めました。

足が動かないので、戦場においては輿(こし)に乗って敵の中に身を投じるというすさまじさで、鬼道雪と呼ばれていました。

かくして九州制圧を目論む島津義弘島津義弘率いる島津氏の前には、大友家臣団筆頭の道雪が立ちはだかっているのでした。そんな道雪との面会を遠く、甲斐の武田信玄武田信玄が望んだとされていいます。

天正一三年(1585)九月、筑後国の陣中にて没しました。道雪は男子に恵まれなかったため、盟友・高橋招運(しょううん)の子・立花宗茂宗茂を婿養子に迎えました。宗茂は、豊臣秀吉豊臣秀吉朝鮮出兵に際し明提督李如松碧蹄館で迎撃。その勇猛さは鬼道雪を彷彿させます。

立花道雪 相関図

主君、家族

主君:大友宗麟大友宗麟

婿養子:立花宗茂立花宗茂

ライバル

島津義弘島津義弘龍造寺隆信龍造寺隆信鍋島直茂鍋島直茂

道雪に惚れ込んだ武将

武田信玄武田信玄

  

参考文献

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立花道雪

肖像素材/イラスト:石垣漫画シルバー