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戦国人物解説

森蘭丸(もり-らんまる)かわいい顔した小悪魔!?信長小姓

目次

プロフィール詳細:1.森一族 2.小姓として 3.本能寺の変

4.残された兄弟相関図参考文献関連記事

プロフィール

森蘭丸
Ranmaru Mori

織田信長の小姓。美濃国(岐阜県)出身。

実名は成利(なりとし)。長定(ながさだ)という説もあり。蘭丸は俗称。

六歳の時に父と長兄が戦死。次兄・長可が家督を継ぐ。

蘭丸は一五歳の時に織田信長に仕え、小姓となる。

信長の寵愛を受け、順風満帆にみえたが、森一族に再び運命の影が忍び寄る――!

享年18(1565-1582)。伊達政宗真田幸村姜沆より2歳年上。

詳細

1.森一族

蘭丸は森可成(よしなり)の三男。

可成は織田信長織田信長に仕え、それまでの戦功により元亀五年(1570)五月に近江(滋賀県)宇佐山城主となりました。ちょうどこの年、本願寺顕如が打倒信長を掲げ、九月には本願寺と手を結んだ浅井長政浅井長政 朝倉義景朝倉義景の三万の兵に攻められて可成は戦死しました。

長男の可隆(よしたか)はその半年前に越前で戦死。可成のあとは次男・森長可長可(ながよし)一三歳が継ぎました。また信長は長可を嫡男信忠に付けて、大切に育てました。

2.小姓として

次兄長可より一三年下の弟・蘭丸は、一五歳の時に信長に仕え、小姓となりました。

小姓は、殿様の身の回りの世話をする青年のこと。容姿端麗、頭脳明晰であり、また出世街道でもあって、大人になれば重要なポストにつける可能性大です。

実際、蘭丸は信長に重用され、奏者(そうしゃ)や奉行を務め、美濃岩村五万、更に一万石を与えられました。然しながら、結構生意気な所もあったようです。

蘭丸が大量の蜜柑を台に載せて運んでいると、信長に危ない倒れるぞと注意されました。蘭丸はその通りに倒れてしまい、翌日同僚に同情されると、蘭丸は主君に恥を欠かせないため、わざと転倒したと返答しました。

3.本能寺の変

信長は蘭丸に「欲しいものを書いてみなさい。自分もおまえが何が欲しいのか当ててみよう」と言いました。

二人が書いたものを見せ合うと、見事に同じで、蘭丸の父・可成の旧領でした。蘭丸が父の旧領を所望してもおかしくありませんが、そこは既に明智光秀明智光秀の居城・坂本城がありました。

天正一〇年(1582)六月、信長の近侍していた蘭丸一八歳は、本能寺に宿泊中に明智光秀明智光秀の突然の謀反にあいました。信長軍は少数の兵しかなく、太刀打ちできません。それでも蘭丸は信長の傍を離れず、弟の坊丸(ぼうまる)・力丸(りきまる)も信長の小姓でしたが、この弟たちとともに戦い、戦死しました。

4.残された兄弟

信長に仕え各地を歴戦、鬼武蔵と呼ばれた長可は、本能寺の変を知ると、主君と弟たちの非業の死を嘆きました。

豊臣秀吉秀吉に仕えた長可は、本能寺の変の二年後の同一二年(1584)小牧・長久手で秀吉軍に属して出陣した際に、織田信雄徳川家康徳川家康連合軍を相手に戦い、二七歳で戦死しました。

ことごとく戦死してしまった森一族ですが、末の弟・忠政は生き残り、津山藩初代藩主となりました。

森蘭丸 相関図

森氏

父:可成(よしなり)

兄:可隆(よしたか)、次兄 森長可長可(ながよし)

弟:坊丸(ぼうまる)、力丸(りきまる)、忠政(ただまさ)

織田氏

主君:織田信長織田信長

先輩たち:柴田勝家柴田勝家丹羽長秀丹羽長秀前田利家前田利家豊臣秀吉豊臣秀吉佐々成政

織田信忠織田信雄織田信孝池田恒興など

ライバル:明智光秀明智光秀

  

参考文献

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