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戦国武将解説

浅井長政(あざい-ながまさ)姉川にて信長に挑むバツイチ三姉妹パパ

目次

プロフィール詳細相関図関連記事

プロフィール

浅井長政
Nagamasa Azai

近江(滋賀県)小谷(おだに)城主。幼名は猿夜叉丸(さるやしゃまる)。

織田信長の妹・お市と結婚、浅井三姉妹淀殿お初お江の父となる。

しかし信長が越前へ侵攻すると、同盟関係である越前朝倉家の側につき、浅井・朝倉連合軍、姉川にて織田・徳川連合軍に挑む――!

享年29(1545-1573)。

同い年は李舜臣板倉勝重山内一豊。信長より11歳年下。

詳細

北近江の大名・浅井久政の子である浅井長政長政は、15歳で六角氏の重臣平井定武(さだたけ)の娘と結婚。

美人で礼儀作法も心得ている申し分のない娘でしたが、長政は六角氏の配下になることを嫌い離縁。16歳の時に家督を継ぎ、野良田表の戦いで六角氏を破りました。

23歳の時に織田信長の妹・お市の方お市と結婚。そのころ信長は美濃を平定した実力のある大名だったので、浅井氏もこれで安泰というものでした。

然しながら信長が越前へ侵攻、浅井と同盟関係である越前朝倉氏が浅井氏に助けを求めます。すると長政は朝倉氏の見方につくことに決め、敵であった六角氏とも連携。

こうして浅井・朝倉VS織田・徳川の戦いである姉川の戦いが始まってしまいました。大変な激戦で結果は、朝倉家・浅井家の敗北。長政は自害しました。享年29。

浅井家に助けを求めた朝倉がいざ、姉川の戦いが始まると消極的で、浅井が主力となって戦っていました。それでも最期まで全力をつくして戦った長政だからこそ、後世の人に好意をもたれるのでしょう。

長政には三姉妹の子供がいて、長女の茶々(淀殿)は豊臣秀吉豊臣秀吉の側室になり、豊臣家の実権を握りました。二女のお初京極高次京極高次に嫁ぎ、三女のお江(ごう)は徳川家康家康の子・徳川秀忠秀忠に嫁ぎ、浅井家の血は脈々と徳川家に受け継がれていくのでした。

浅井長政 相関図

家族

奥さん:お市の方お市の方

三人娘:淀殿(茶々)素材淀殿(茶々)お初(常高院)素材お初お江(小督、江与)素材お江

ライバル

織田信長

織田信長を裏切った他の武将

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長政繋がり

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