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文禄・慶長の役

戦国時代の東アジア各国関係図

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明・女真・朝鮮・日本および琉球

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解説

文禄・慶長の役を知るにあたっては、まず最初にこの頃の明・女真・朝鮮・対馬・日本および琉球の位置と関係を頭に入れておきましょう。要点は以下のとおり。

  1. 日本の本営は、肥前(佐賀県)名護屋(なごや)と一番最初に制圧した釜山(プサン,부산)。秀吉は渡海せず文禄の役は名護屋から、慶長の役は名護屋に赴かず京都伏見から日本軍に指示。
  2. 朝鮮王朝の首都は現在のソウルと変わりがないが、この頃は漢城(ハンソン,한성)と呼ぶ。
  3. (中国)の首都は北京(ペキン)、副都が南京(ナンキン)。
  4. 中国東北部の遼東(りょうとう)は、李如松の一族が代々、中央政府からモンゴルや女真の防衛を任されている。またこの地は朝鮮とも隣接。日本軍が朝鮮へ侵攻すると、明は提督として李如松を派遣。
  5. 女真(じょしん)は、遼東と朝鮮の北に位置するオランカイ(満州)に居住。度々、明や朝鮮へ侵攻しては、両国を悩ませていた。
  6. 対馬は朝鮮と日本の間に位置し、両国との仲介貿易が盛ん。戦争前に秀吉の命で、対馬島主宗義智宗義智と僧の景轍玄蘇景轍玄蘇は、通信使金誠一ら一行を来日させる。
  7. 琉球王国は福建(省)福州(ふくしゅう)と交易が盛ん。那覇久米村に住む福建人は三六姓と呼ばれ、戦争の兆しを察知すると明へ通報。また琉球国王尚寧は、秀吉への服従回避に努める。

上記のとおり、戦争が始まる前より日本周辺国は既に結構パニックなのでした…。

  

参考文献

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