家紋の解説
巴(ともえ)とは
巴は、太鼓の皮や神社の瓦などでよく見かける模様で、神霊の印とも言います[文献1]。
巴とは漢語辞典[文献2]によると、どぐろをまく蛇を象った文字で蛇・渦巻きの意。蛇は古くから人間に恐れられてきた反面、神の使いや大地の主として崇められいました。その心は戦国武将にも受け継がれ、黒田官兵衛の藤巴や加藤清正の蛇の目紋にも感じ取ることができます。
さて三つ巴紋は、小早川氏だけでなく、尚氏や九鬼嘉隆・蒲生氏郷・福島正則なども用いました。更に山本勘助の家紋にしても、当頁のデザインとは若干異なりますが三つ巴です。
右巴と左巴
ところで巴紋は右巴と左巴があり、当頁でご紹介しているは、基本的に右巴と呼ばれています。
それに対して逆バージョンのは左巴と呼ばれています。しかしこれを右巴という人もいて、右巴と左巴という言葉は人によって解釈がマチマチ。よって実際の画像を確認しない限り、テキスト情報だけでは判別がつきません。ただ、考えている間に目が廻ることは確か。気をつけてね。(笑)
地名
ところで地名の三巴(さんぱ)は、現在の四川省東部一帯を指します。
後漢末に益州の牧(ぼく:現在の四川省を中心とした地の長官)であった劉璋(りゅうしょう)が、巴郡(現在の四川省東部)を三つに分けて、巴西(治所は現在の重慶市)、巴(治所は現在の奉節県)、巴東(治所は現在の重慶市合川県)の三郡とし、あわせて三巴と称しました。
小早川氏
参考文献
- 奈良本辰也 監修『戦国武将ものしり事典』(主婦と生活社、2000年)
- 林大(監修)『現代漢語例解辞典』(小学館、1992年)参照
- 加藤敏 訳註「慮僎(ろせん)「南樓望(なんろうのぼう)」」『研究資料漢文学3 詩1』(明治書院、2003年)241-242頁
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