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戦国武将解説

滝川一益(たきがわ-かずます・いちます)

プロフィール

滝川一益
Kazumasu Takigawa

織田信長家臣団の関東方面軍の司令官。

諸国を流浪した末に信長に仕え、実力でのしあがった。

信長死後は一益としたことが、山崎の合戦、清州会議にも間に合わず、羽柴秀吉により信長の葬式にも閉め出される。

その後、柴田勝家織田信孝と組んで秀吉に対抗するものの失敗。

どうした一益!!享年62(生1525-没1586)

詳細

1.浪人の身から成り上がる

滝川一益は、近江国甲賀郡出身生まれと言われます。

諸国を流浪した末に、30代後半で自分より9才年下の織田信長織田信長に仕えたようです。

そのタイミングは信長初期の戦い・美濃攻めからだったので、信長との親密性は柴田勝家柴田勝家丹羽長秀丹羽長秀の譜代家臣と比べても引けを取らないものでした。

2.一向一揆に容赦なし

43才の時に一益は北伊勢攻めで活躍し、信長から北伊勢5郡を与えられました。そして一向一揆の対決の中で、伊勢長島の要塞を海上から包囲して多数の門徒農民を殺害しました。

3.石山合戦、甲州征伐

50才の時に一益は長島城主となり、九鬼嘉隆とともに世界初の甲鉄戦艦を作り、海上から顕如の石山本願寺へ兵糧搬入する毛利水軍を阻止しました。

長篠の戦いで武田軍に圧勝した信長は、天正10年2月、武田勝頼武田勝頼討伐の大軍を発しました。先鋒(せんぽう)大将は信長の長男・織田信忠織田信忠でしたが、この若い大将を諌めるよう命じられ、一益は副将的立場から同行しました。

4.ついに関東方面軍司令官となる

天正10年3月に武田勝頼が滅びると、一益は上野国(群馬県)の前橋(厩橋)城主となりました。更に織田軍団の華形である5つの方面軍の一つ、関東方面軍の司令官となり、関東八州の警固役や北条氏との外交を任されました。

5.本能寺の変後、全てに間に合わない

その年の6月、一益57才の時、本能寺の変により信長が倒れると、一益らしくないつまずきが続出します。

一益は、北条氏政北条氏政・氏直父子に攻められ、一旦は退けたものの神流川の戦で大敗し、本領の伊勢長島へ逃げ戻りました。

この為、信長の弔い合戦である山崎の合戦、更に織田家の後継者を決める清州会議にも間に合わず、信長の葬儀には豊臣秀吉羽柴秀吉の指令で出席もできませんでした。

6.柴田勝家を助ける

こうなったら勝家と織田信孝と組んで秀吉を倒すしかありません。

秀吉が信孝の岐阜城を攻撃したことに対し、一益は伊勢の亀山・峯の両城を攻め、雪の為に動けない北国の柴田勝家を側面から助けました。

しかし武運拙く、秀吉に敗北した勝家と信孝が命を絶ちました。残された一益は、秀吉に北伊勢5郡を秀吉に差出し降伏しました。

7.どうした、一益!

そして秀吉VS徳川家康徳川家康の小牧・長久手の戦いの時、一益はなんと!秀吉側に加わり、蒲生氏郷堀秀政とともに伊勢方面に出陣しました。

しかし家康・織田信雄織田信雄連合軍の反撃にあい、10数日でいくさを放棄してしまいました。

戦いのあと秀吉の怒りを買った一益は、出家して越前国(福井県)に蟄居しました。一益は茶人であり、信長から茶壺を賜ったこともあり、出家後は秀吉を招いて茶会を催しました。享年62

8.そして雀になった一益

…ってそんなの納得いくわけないだろッ!という殿の為に一益のエピソードを一つご紹介しましょう。

一益が織田家で華々しい活躍していた頃のことです。周囲を警戒しながら餌をついばんでいる鶴と、気ままに餌をあさっている雀を見て一益は、「わしらはあの鶴のように片時も気が休まることはない」と雀をうらやんだそうです。

信長、勝家、信孝を失い、心がポッキと折れた一益は、武将としての意地やプライドを捨てて、本当に雀になってしまうのでした。

滝川一益相関図

主君

織田信長織田信長

職場関係

武田信玄武田信玄徳川家康徳川家康の三方ヶ原の戦いでは、織田の援軍として佐久間信盛と参戦しました。

九鬼嘉隆と甲鉄戦艦を作り、甲州征伐の時は大将・織田信忠織田信忠を補佐しました。

小牧・長久手の戦いの時は秀吉軍として、蒲生氏郷堀秀政とともに伊勢方面に出陣しました。

ライバル

北条氏政北条氏政豊臣秀吉羽柴秀吉

味方

柴田勝家柴田勝家織田信孝佐々成政佐々成政

  

関連トピック

織田信長家臣団相関図

参考文献

国史大辞典編集委員会 (著)『国史大辞典 (9) 』(吉川弘文館、1979年)

谷口克広『信長軍の司令官―部将たちの出世競争 (中公新書) 』(中央公論新社、2005年)

新人物往来社 (編集)『天下取り採点 戦国武将205人 』(新人物往来社、1998年)

奈良本 辰也 (監修)、主婦と生活社 (編集)『戦国武将ものしり事典 』(主婦と生活社 、2000年)