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戦国武将解説

柴田勝家(しばた-かついえ)

プロフィール

柴田勝家
Katsuie Shibata

織田家の顔とも言える猛将。通称・権六。愛知県出身、福井県の戦国大名。

信長の妹であるお市の方と夫婦になり、お市の方の連れ子である三姉妹の淀殿お初お江の義理の父親となる。

槍働きだけでなく、北ノ庄(福井県)の新田開発、道路の開墾など民政にも力を入れた。

信長死後、賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れると、北ノ庄城に逃れ、三姉妹を城の外に出し、お市の方と共に命を絶つ。(生?-没1583)。

詳細

1.織田家の顔とも言える猛将

「権六」の通称でも親しまれている柴田勝家柴田勝家は、織田家の顔とも言える猛将。

しかし勝家ははじめ、織田信長織田信長の弟である織田信行に属して信長と敵対していました。その後、信長に赦(ゆる)されて信長の家臣となりました。

勝家は信長の下で愚直に働き、浅井長政浅井長政朝倉義景朝倉義景との戦いや北陸の一向一揆の戦い等で活躍。

のちに信長から越前の支配を任され、北ノ庄(福井県)に移りました。しかし府中三人衆と言われる前田利家前田利家佐々成政佐々成政、不破光治が目付として配置され、相互監視の体制がとられました。

2.槍働きだけではない民政家

勝家は新田開発につとめ、検知を施行し、北国街道から柳ケ瀬(滋賀県)に通じる道路の開墾を行うなど、民生にも力を入れました。

また、一揆に加わった門徒農民から没収した武器を農具に打ち直し、また福井県に流れる九頭意川の船橋をつなぐ鎖にしたようで、これは豊臣秀吉豊臣秀吉刀狩令の先駆という評価も受けています。

3.最強女子・4人が北ノ庄にやって来る!

勝家の奥さんが亡くなったあと、信長は自分の妹であり、浅井長政の未亡人となっていたお市の方お市の方を勝家に嫁がせました。

お市の方は浅井長政との間にできた三姉妹、淀殿(茶々)素材淀殿(茶々)(長女) お初(常高院)素材お初(次女) お江(小督、江与)素材お江(三女)も連れて勝家のもとにやって来ました。勝家の北ノ庄城がこれで華やかになったというか、こんな気の強そうな女子4人に囲まれたら、絶対大変です(笑)。

4.愚直な男の一本気な最期

ともあれ勝家とお市の方は夫婦になり、三姉妹は真っ直ぐで愚直な義父ができました。苦労の末にできたこの家族は互いにとってかけがえのないものになったはずです。しかし幸せは長くは続きませんでした。

信長が明智光秀明智光秀に討たれた本能寺の変。その時、勝家は越後の上杉景勝上杉景勝と対峙しました。

そんな勝家と対象的に、機知に富む秀吉は毛利(小早川隆景)と対峙していたにも関わらず、急ぎ京に向かって駆け出し、あっという間に光秀を倒してしまいました。

その後、信長の後継者を決める清州会議では、秀吉に主導権を奪われ、ここでも勝家は大きく水をあけられます。そしてついに、勝家は秀吉と賤ヶ岳(しずがたけ)で戦うことになりました。

しかし武運拙く、秀吉に敗れた勝家は家族が待つ北ノ庄城に逃れました。勝家とお市の方は、まだ将来のある三姉妹を城の外に出し、秀吉方へ送り届けました。そして城の天守閣に火にかけた勝家は、お市の方とともに命を絶ったのでした。

柴田勝家相関図

織田家

主君:織田信長織田信長/同僚の老臣:佐久間信盛丹羽長秀丹羽長秀

越前支配

 

府中三人衆:前田利家前田利家佐々成政佐々成政・不破光治

ライバル:上杉景勝上杉景勝

家族

奥さん:お市の方お市の方/義理の娘:淀殿(茶々)素材淀殿(茶々)お初(常高院)素材お初お江(小督、江与)素材お江

賤ヶ岳の戦い

味方:織田信孝滝川一益/ライバル:豊臣秀吉豊臣秀吉池田恒興

  

関連トピック

柴田勝家

素材:肖像雁金紋軍旗/イラスト:渋い荒い豆まき衝撃

参考文献

国史大辞典編集委員会 編集 『国史大辞典〈第7巻〉 』(吉川弘文館1990年 )