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戦国武将解説

織田信雄(おだ-のぶかつ・のぶお)親の顔が見てみたい!?日和見の信長次男

目次

プロフィール

詳細:1.信長の次男 2.清州会議

3.小牧・長久手の戦い 4.尾張・伊勢を失う

5.寛政まで生き長らえる

相関図関連記事参考文献

プロフィール

織田信雄
Nobukatsu Oda

信長の次男。

父・信長と兄・信忠死後は、弟・信孝と家督を争い、秀吉側について、この弟を自刃に追い込んだ。

小牧・長久手の戦いでは家康と組んで、秀吉の天下取りに待ったをかけた。

しかし信雄が秀吉と勝手に和睦を結び、家康の大勝利を台無しにする。

その後は豊臣と徳川を行ったり来たりして、よく言えばしたたかな生を全うする。

享年73(1558-1630)。同世代は、藤堂高虎蒲生氏郷大谷吉継ら。

詳細

1.信長の次男

織田信雄信雄は、織田信長織田信長の次男で、母は生駒氏。兄は一つ年上の織田信忠信忠、弟は信孝(のぶたか)。優秀だったのに短命だった兄・信忠、弟・信孝の間にあって次男・信雄はどんな人物だったのか早速見ていきましょう。

信雄一二才の時、信長は南伊勢の国司・北畠氏を攻め、信雄を北畠具房の養子として大河内城を譲らせました。その後、伊勢長島の一向一揆の平定、雑賀衆の討伐、荒木村重の反乱の平定などに従いました。

石山合戦の時には、勝手に伊賀に出陣したことで、父・信長から折檻状を突き付けられました。再び兵を出して、伊賀を平定し伊賀三郡を与えられました。

2.清州会議

本能寺の変で父・信長が明智光秀明智光秀に討たると、織田家の後継者を決める清州会議が開かれました。兄の信忠は本能寺の変のあと、二条御所で光秀に討たれた為、次男・信雄は三男・信孝と跡目を争いました。

この二人で決着をつけるのは返って混乱を招くとして、山崎で光秀を倒した豊臣秀吉羽柴秀吉の推す信忠の子・三法師(秀信)が織田家の跡目に決まりました。

清州会議の結果に満足いかなかった信孝は、柴田勝家柴田勝家滝川一益と組んで秀吉と戦いました(賤ヶ岳の戦い)。秀吉側についた信雄は、信孝の岐阜城を攻め、ついには尾張・野間で信孝を自刃させてしまうのでした。

3.小牧・長久手の戦い

さて、秀吉にとってこれで目の上のコブは、自分に従わない徳川家康徳川家康と、清州会議の結果に満足いったわけではない信雄の二人となりました。

秀吉は、信雄付きの家老三人を調略し手なずけましたが、信雄は三家老の内通を知り、成敗してしまいました。ここで信雄は秀吉と敵対し、家康に挙兵の応援を要請。

秀吉が天下を取ることに賛同できない家康にとって、これは渡りに船。信長の遺児に歯向かう不届き者という大義名分を掲げて家康は兵を出すことができたのでした。ここに信雄・家康連合軍VS秀吉の小牧・長久手の戦いが始まりました。

この戦いで秀吉軍は池田恒興、森長可が敗死、苦戦を強いられ、家康軍が大勝利を収めました。しかし家康の知らない間に信雄が秀吉と講和してしまいました。

秀吉が連合軍と対峙する時、信雄の北伊勢を自分の支配下に収めた為、焦った信雄は北伊勢を返すという秀吉の和睦に乗せられ、降伏に近い状態で懐柔させられてしまいました。

信雄が和睦してしまい、大義名分を失った家康は自らもやむなく和解しました。

4.尾張・伊勢を失う

信雄は今度は秀吉に従い、小田原城(北条氏政北条氏政と氏直)を攻めました。小田原城が落城すると秀吉は、家康を関東に移し、信雄を家康の旧領に国替えしようとしましたが、信雄は尾張・伊勢にとどまることを望み、これを拒否しました。

これにより秀吉の怒りを買った信雄は、佐竹氏(佐竹義宣)の預かりとなり下野国烏山に流され剃髪しました。その翌年には出羽秋田に移りましたが、家康の斡旋により許されて文禄元年、文禄の役の日本本営・肥前名護屋に赴き相伴衆に加えられました。そのあと、大坂天満の邸を住まいとしました。

5.寛政まで生き長らえる

とうとう豊臣の人間として人生をまっとうするのかと思いきや、慶長五年(1600)石田三成石田三成が家康討伐の軍を起こそうとした時は、家康に通報。同一九年大坂の陣では、豊臣秀頼豊臣秀頼から招かれましたが応せず、家康と通じ、戦後は家康から大和・上野に五万石与えられました。

そして叔父の有楽斎に茶道を学び、茶を楽しんで大坂の陣から一五年後の寛政七年京都で没し、七三歳の生涯を閉じました。よく言えばしたたか、悪く言えば節操なさすぎというか、親の顔が見てみたいですね。(笑)

織田信雄相関図

家族と親戚

父:織田信長織田信長/兄:織田信忠織田信忠/弟:織田信孝

いとこ:淀殿(茶々)素材淀殿(茶々)お初(常高院)素材お初お江(小督、江与)素材お江

ライバル

賤ヶ岳の戦い:柴田勝家柴田勝家滝川一益佐々成政佐々成政/小牧・長久手の戦い:池田恒興

ライバル時々迎合

豊臣秀吉羽柴秀吉

お世話になりっぱなし

徳川家康徳川家康

  

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織田信雄

素材:肖像織田木瓜信長家臣団相関図

参考文献

国史大辞典編集委員会 (著)『国史大辞典 第2巻 う~お 』(吉川弘文館、1980年)

奈良本 辰也 (監修)、主婦と生活社 (編集)『戦国武将ものしり事典 』(主婦と生活社 、2000年)