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戦国武将解説

池田恒興(いけだ-つねおき)

プロフィール

池田恒興
Tsuneoki ikeda

母が織田信長の乳母の為、信長とは乳兄弟。織田の遊撃軍としてそこその地位を得る。

信長死後は、羽柴秀吉につき従い、徳川家康織田信雄連合軍と戦う。

この小牧・長久手の戦いの中で恒興は、秘策を秀吉に提案するがその秘策が家康にバレてしまう。

そのこともあって秀吉軍敗退、恒興は戦死した。享年49(生1536-没1584)

詳細

1.母は偉大なる大御乳様(おお おちちさま)

尾張生まれで通称・勝三郎。父は紀伊守・池田恒利(つねとし)。

母は織田信長織田信長の乳母になった養徳院です。

赤ちゃんの頃から激しい性格の信長は、乳母の乳を噛み切るため、何人も乳母が変わったと伝えられ、養徳院だけはそれがなかったとのこと。

恒興が小牧・長久手の戦いで討ち死に後も大御乳様(おお おちちさま)と尊称され、彼女は94歳の天寿を全うしました[註1]。それにしても大御乳様ってすごいニックネーム…

2.信長の乳兄弟らしく、それなりに活躍

ともあれ恒興は信長とは2歳年下の乳兄弟で、母が彼女だったからこそ、信長に引き立てられ、織田の遊撃軍の一武将としての地位を得ることができました。

恒興25歳の時には桶狭間の戦い(織田信長VS今川義元今川義元)で功を立て、44歳の時には子の元助とともに荒木村重の属城・摂津国花隈城を攻略し、その功により、同国有岡の地(現在の兵庫県)を与えられました。

3.信長死後

47歳の時、本能寺の変(織田信長VS明智光秀明智光秀)が起こると、豊臣秀吉羽柴秀吉とともに山城で光秀を討ち、清州会議では柴田勝家柴田勝家・羽柴秀吉・丹羽長秀丹羽長秀とともに宿老に列し、諸将への所領の充行状に連署しました。

翌年の賤ヶ岳の戦い(柴田勝家VS羽柴秀吉)では、秀吉側について参戦、信長の三男・織田信孝(のぶたか)が領していた美濃13万石を与えら、美濃・大垣に移りました[註2]。

4.信長の遺児・信雄が、秀吉と断交する

恒興48歳の時、秀吉と秀吉の目の上のコブである信長の次男・織田信忠織田信雄(のぶかつ)とが争うようになりました。信雄は徳川家康徳川家康を味方につけて、秀吉と断交しました。

信長の乳兄弟である恒興は秀吉と、信長の遺児・信雄、どちらにつくべきか迷いに迷って、秀吉に味方することに決めました。

5.小牧・長久手の戦い、勃発

ここに小牧・長久手の戦い(秀吉VS家康・信雄連合軍)が勃発。秀吉軍と家康・信雄連合軍は正面切って対峙。秀吉軍は数の上では圧倒的に優勢でしたが、焦りは強くなっていきました。

その時、恒興は、「小牧山に軍勢が結集された為、家康の本国である三河は守りが手薄になっているに違いない。その隙に三河を攻撃してしまえば家康の軍隊は大混乱に陥るはずだ。」と秀吉に提案しました。

秀吉は迷いましたが、甥の秀次までが三河攻撃の大将を務めると言ってきた為、恒興の作戦を採用しました。

6.榊原康政、攻撃開始

長久手隊として先手・池田恒興隊、二番・森長可森長可隊、三番・堀秀政隊、四番・秀次隊で合計二万の大部隊のが組織されると、長久手隊は隠密行動で三河に向かいました。

かし途中でこの情報が漏れて家康に伝わってしまい、家康はただちに一万の対撃隊を組織して進軍。そうとは知らない恒興らは、長久手近くで岩崎城という小城と小競り合いをしていました。

その時、家康の対撃隊である先鋒の榊原康政榊原康政が、秀吉軍最後尾の秀次軍を攻撃。ふいをつかれた秀次軍は、敵の二倍の兵力を持ちながらあっけなく敗走。

後方の銃声で家康軍に気付いた堀秀政隊は、康政隊を撃退しましたが家康本陣が既に近くまで到着していたので、追撃をやめ退却しました。

7.最期

危ういところを助かった秀次の急報により、富士ヶ根付近まで戻った恒興隊と長可隊は、ここでついに家康隊と対峙。

狭い地域での大激戦が始まり、あっという間に恒興は子の元助とともに戦死。また、鬼武蔵と名高い森長可も戦死しました。

秀吉軍は敗退しましたが、家康の知らない所で信雄が秀吉と和議を結んでしまい、戦闘では家康が大勝利しましたが政治面では秀吉の勝利となりました[註3]。恒興享年49

池田恒興相関図

家族

乳兄弟:織田信長織田信長/娘婿:浅野幸長

ライバル

本能寺の変:明智光秀明智光秀/賤ヶ岳の戦い:柴田勝家柴田勝家織田信孝佐々成政佐々成政

小牧・長久手の戦いの味方

豊臣秀吉豊臣秀吉豊臣秀次豊臣秀長豊臣秀長滝川一益

浅野長政浅野長政蒲生氏郷蒲生氏郷など

小牧・長久手の戦いのライバル

徳川家康徳川家康織田信忠織田信雄榊原康政榊原康政酒井忠次酒井忠次

本多忠勝本多忠勝井伊直政井伊直政石川数正など

  

関連トピック

池田恒興

軍旗素材イラスト信長家臣団相関図

補註

註1:小和田 哲男監修『ビジュアル 戦国1000人 ―応仁の乱から大坂城炎上まで乱世のドラマを読む 』(世界文化社、2009年)

註2:国史大辞典編集委員会 (著)『国史大辞典 第1巻 あーい 』(吉川弘文館、1979年)

註3:奈良本 辰也 (監修)、主婦と生活社 (編集)『戦国武将ものしり事典 』(主婦と生活社 、2000年)