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文禄・慶長の役

第一次晋州城(チンジュソン/しんしゅうじょう)の戦い 細川忠興ら日本軍V金時敏ら朝鮮軍

目次

文禄の役の流れ基本データ解説:1.経緯 2.死闘の六日間

関連記事参考文献

文禄の役の流れ

文禄元年(1592) 文禄二年(1593)
日本軍北上 形勢逆転 日本軍南下 帰国
5月初旬 同左 7月初旬 10月初旬 1月初旬 同下旬 2月中旬 6月下旬 8月
ソウル陥落 玉浦海戦 閑山島海戦 第一次晋州城の戦い 平壌の戦い 碧蹄館の戦い 幸州山城の戦い 第二次晋州城の戦い 一時停戦へ

基本データ

第一次晋州城の戦い
年月日 文禄元年(1592)10月4日 ~10日
場所 慶尚道 晋州城(진주성/チンジュソン)
概要 各地で劣勢に陥る日本軍、要塞の地・晋州を制圧して巻き返しを図る。
対戦軍 兵数 日本軍 約20,000人 朝鮮軍 3,800余人
大将 細川忠興素材細川忠興(5,000)、長谷川秀一(5,000)・木村重茲(しげとも,3,500) 晋州牧使金時敏
部隊 加藤光泰(1,000)、加須屋真雄(さねお)、太田一吉、片桐且元、同貞隆、牧村政玄(750)、新庄直頼、小野木重次(1000)、古田重勝、青山宗勝、藤掛永勝ら(カッコは兵数(人)) 判官・成守慶(ソンスギョン)、義兵将・郭再祐、郭再祐の部下・沈大承(シムデスン)、招諭使・金誠一、固城仮県令・趙凝道(チョウンド)、晋州伏兵将・鄭惟敬(チョンユギョン)、前万戸・崔徳良(チェドクリャン)・昆陽郡守・李光岳(イグアンアク)ら
勝敗 敗(撤退) 勝(城を死守)

解説

経緯

朝鮮全土_金時敏の戦い
図1:文禄の役 朝鮮全土関係図

文禄元年(1592)四月、三九歳の時に豊臣秀吉豊臣秀吉の明国制圧の野望により日本の諸将朝鮮へ侵攻

半月で首都ソウルを制圧し、緒戦は日本軍優勢でした。しかし各地で義兵が起こり、義兵将・郭再祐と招諭使・金誠一及び官軍・権慄らの朝鮮連合軍が、錦山(クムサン)で全羅道に侵入した小早川隆景小早川隆景ら日本軍を撃退。また李舜臣李舜臣率いる朝鮮水軍が日本軍に連戦撃破して制海権を掌握しました。

次第に追い詰められてゆく日本軍に対して秀吉は、晋州城(チンジュソン)を攻撃するように指示。晋州は慶尚南道から全羅道へ通じる要塞の地でした。

かくして同年十月四日、釜山浦近くの金海駐屯の細川忠興素材細川忠興・長谷川秀一・木村重茲(しげとも)は、加藤光泰・太田一吉・片桐且元・牧村政玄らと共に二万の大軍で朝鮮の要衝・晋州城を包囲。

これに対して城内には牧使・金時敏以下三千八千余の兵力しかありませんでしたが、郭再祐が義兵を率いて応援に駆け付け、招諭使・金誠一は防備の中心を担いました。

また、朝鮮の城は日本の城と違って一般の百姓も居住していましたが、金時敏は城中の老若男女に皆に男服を着せて大勢に見せました。

死闘の六日間

第一次晋州城の戦い
図2:第一次晋州城の戦い

十月五日、戦闘の火蓋が切って落とされると、日本軍は兵を四方に散らして民家に放火し、また数千に及ぶ竹梯(たけはしご)や三層の楼台(ろうだい)を作って城壁を超えようとしました。

これに対し金時敏は城内三千八千人を指揮して、城の上から震天雷(しんてんらい)・蒺藜砲(しつれいほう)など火砲を放ち、大石や焼いた鉄を投げ、熱湯をかけたりしました。

また、夜になると城外の山から現れた朝鮮義兵の存在が戦いの流れを朝鮮側に有利にしました。

戦闘開始から六日目、左頬に弾丸が当たった金時敏が意識不明となりましたが代わりに昆陽(コンヤン)郡守・李光岳(イグアンアク)が勇猛に力戦し、午前九時頃になると日本軍は撤退しました。この戦いで朝鮮軍は勝利を収めましたが金時敏戦死。享年三九

この戦いは韓国の壬辰倭乱三大捷(しょう)の一つに数えられています。また、日本では後世、木曽(もくそ)判官として金時敏は近松門左衛門の浄瑠璃などで取り上げられ、最もよく知られた朝鮮人物となりました。

それまでの朝鮮・明連合軍は日本軍に対して迎撃を主としていましたが、第一次晋州城の戦いによって勢いがつき、年明けに本格的に日本軍へ攻撃を開始するのでした。

  

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文禄の役 主な戦い

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相関図

朝鮮・明連合軍文禄の役 日本軍慶長の役 日本軍

概要

文禄・慶長の役とは

地図

東アジア各国関係図朝鮮八道色分け地図文禄の役 日本軍進路

慶長の役 日本軍進路図倭城とは 分布図と一覧合戦地図

年表

文禄の役 年表慶長の役 年表

参考文献

笠谷 和比古, 黒田 慶一 『秀吉の野望と誤算―文禄・慶長の役と関ケ原合戦 』(文英堂、2000年)

北島万次『豊臣秀吉の朝鮮侵略 (日本歴史叢書) 』(吉川弘文館、1995年)

崔 官『文禄・慶長の役〔壬辰・丁酉倭乱〕文学に刻まれた戦争 (講談社選書メチエ) 』(講談社、1994年)