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朝鮮王朝 儒学者服装 深衣 フリーイラスト付き解説

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解説深衣幅巾太史鞋儒学者とは

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儒学者_深衣

朝鮮儒学者_深衣

解説

深衣

朝鮮儒学者_深衣構成
図:朝鮮儒学者_深衣構成

深衣(シミ/심의)は、士大夫(官吏)が家の中で着た普段着。高麗時代末期に朱子学が伝来して以降、儒学者の間に普及しました。

襟が直領(チョクニョン/직녕)の一重の袍(ポ/포)=外衣(がいい)で、普通は白の地に襟・衽(おくみ)・裾・袖口に黒の縁取りが施されており、帖裏(チョルリク)や鶴氅衣[]などに影響を与えました。

一般の袍と異なり、上半身の衣と下半身の裳(チマ/치마)とを別個に繋げます。一二幅の裳が体をゆったりと深く包み込む印象を与え、深衣の名はここに由来するらしいです。

腰には帯(띠)を巻きます。また右胸にはオッコルム(リボン)を付けることもあります。

深衣の各部には哲学的な意味があり、衣と裳はそれぞれ乾・坤、裳の一二幅は一年一二カ月を表し、縁取りは両親に対する孝と恭敬の意を表しています。

一般に両班階級では普段着に道袍(トポ)を多用しましたが、儒学者の間では深衣が礼服として愛用されました。

幅巾

幅巾(ポッコン,복건)は頭に被る巾(コン)の一。後部は丸みを帯び、耳の上に来る部分の左右二カ所に襞(ひだ/折り目)を入れ、下の襞の中に紐を付けて後ろで結びます。

黒の絹で作り、全体を一幅の布で作るため幅巾と言います。朝鮮時代に深衣などと共に用いました。今日では元旦などの名節(ミョンジョル,명절/祭日)や一歳の誕生日に男児に被られます。

太史鞋

太史鞋(태사혜)は縁の低い履物の一。朝鮮時代に両班(貴族階級)の男性が普段着に履きました。側面には絹の革を用い、底の周囲を蜜蝋(みつろう)を塗った太い糸で縫い、爪先と、かかとに太史紋(テサムン)という白の縞模様を施しました。

儒学者とは

朝鮮と日本

韓国時代劇ではお馴染みの深衣。ところで儒学とは『論語』『孟子』などの漢文大系で、経書(儒学)の一つ『礼記』深衣編には深衣の制(したてかた)が説かれています。

科挙(官吏登用試験)の試験科目は経書により、文禄・慶長時の宰相柳成龍はじめ来日した通信使金誠一及び侍に捕らわれた姜沆なども儒学者。一方、儒学の考え方の違いで派閥を生み、政治にまで影響を及ぼしました。

日本に科挙はありませんが、姜沆を助けた藤原惺窩、惺窩の弟子林羅山の肖像から深衣姿を窺えます。

 

補註

鶴氅衣

鶴氅衣(ハクチャンイ,학창의)は在野の儒学者が着た袍。

外見上、深衣によく似ていますが、上半身の衣と下半身の裳が別個なのが深衣、分かれていないのが鶴氅衣です。また鶴氅衣の丈は深衣より短く、腰には細絛帯(セジョンデ/세조대)という細長い紐を締めます。

参考文献

  1. 金英淑 (編著) 中村克哉 (訳)『韓国服飾文化事典』(東方出版、2008年)
  2. 竹内照夫訳「礼記」『中国古典文学大系 (3)』(平凡社、1970年)

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