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戦国武将解説

松永久秀(まつながひさひで)極悪人は天守閣の先駆で芸術家らしい最期かな

目次

プロフィール詳細相関図関連記事

プロフィール

松永久秀
Hisahide Matsunaga

大和国(奈良県)の戦国大名。芸術家気質なこともあり戦国最強の自由人。

元・三好長慶の家臣で、長慶死後は三好三人衆(一族)と協力し、将軍・足利義輝は殺害。

その後、三人衆と対立して、東大寺の大仏殿に陣を敷いた三人衆と戦い勝利したが、大仏殿も一緒に焼失させてしまった。

そんな極悪人だが、大真面目に男女の営みについて執筆するタダの面白い人。織田信長に倒される最期は切腹などというダサい方法を選ばない!?

享年68(1510?-1577)。同世代は立花道雪北条氏康綱成

詳細

久秀の出身地については阿波(徳島県)、山城(京都府)、摂津(大阪・兵庫)など所説あり、またどういう経緯でかも不明ですが、管領・細川晴元の臣であった三好長慶(ながよし)に仕えました。そのあと家老となり、大和国(奈良県)に信貴山(しぎさん)城、多門山(たもんやま)城を築き、大和国を勢力下に治めました。

長慶死後は、長慶の養子・三好義継(よしつぐ)が家督を継ぎました。久秀は、長慶家臣である三好三人衆(三好長逸(ながゆき)、三好政康(まさやす)、岩成友通(いわなり-ともみち))と協力して、義継を擁して将軍・足利義輝(よしてる)を暗殺。

そのあと久秀は、三人衆がうっとうしくなり、もしくは前々からの野望により、三好家を乗っ取ることにしました。そして東大寺に陣を置いた三人衆と抗戦し、勝利を収めました。しかしこの時、東大寺の大仏殿を焼失させてしまいました。

義輝の弟・足利義昭足利義昭を擁して織田信長が入京すると、久秀は信長の配下となり畿内を支配しました。しかし信長の配下にいることがだんだん嫌になってきたようで、信長に対し謀反を起こします。信貴山城が包囲されると久秀は、信長が欲しがっていた大事な平蜘蛛の釜を割って爆死しました。

久秀は、戦国の極悪人の代表のように語られることもありますが、ここまでくればアッパレというか、不可抗力とはいえフツー、大仏殿なんて焼きますか?!また、久秀の多聞山城は天守閣の先駆で、信長の安土城天守閣も多聞山城を参考にして築城されたといわれています。

松永久秀 相関図

ライバル

織田信長織田信忠細川藤孝

信長を裏切った他の武将

明智光秀浅井長政浅井長政荒木村重 

  

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松永久秀イラスト:リアル安土城だよりDAPPEwith信長キセル