戦国サプリメント

戦国未満

  1. HOME
  2. 戦国武将一覧

戦国武将解説

直江兼続(なおえ-かねつぐ)

プロフィール

直江兼続
Kanetsugu Naoe

上杉景勝の側近。幼名・与六(よろく)。

何故か妻夫木聡とよく間違えられる。

お金を見せびらかす伊達政宗に向かって「こんな汚いモノ!」と言い放つ。

晩年は二宮金次郎バリの農政で、越後(新潟県)からの引っ越し先・出羽(山形県)米沢のまちづくりに力を注いだ。

享年60(1560-1619)。石田三成後藤又兵衛大久保彦左衛門と同い年。

詳細

直江兼続直江兼続上杉景勝上杉景勝の側近。上杉家にはなくてはならない文武両道の武将です。小さい頃は上杉謙信に面倒をみてもらったようです。

関ヶ原の戦い。上杉家は西軍に属していました。兼続は西の石田三成石田三成率いる西軍と越後の上杉家で、その真ん中にいる徳川軍を挟み撃ちして、徳川家康徳川家康を倒してしまいましょう、と主君の景勝に進言。勝算は我らにあり。自信がありました。しかし景勝は慎重で、兼続の申し出は通りませんでした。

その代わり、東軍側の出羽(山形県)の最上義光を倒してしまうことにしました。東北版関ヶ原の戦いです。上杉家の総大将は兼続。兵力では上杉軍が勝っていました。戦闘開始。上杉軍は最上軍を追い詰めましたが、関ヶ原の西軍が一日で敗北したという知らせに、兼続は退陣を余儀なくされました。

然しながら主君を助け、敵方にも物怖じしない態度はとても魅力的です。

さて兼続といえば、イラストにもあるように「」の兜が有名です。一体どういう思いで、「愛」と兜につけたのでしょうか。兜からして、他の武将とは一味違う武将です。

直江兼続相関図

上杉家

主君:上杉景勝上杉景勝/元主君:上杉謙信上杉謙信

親友

石田三成石田三成 

ライバル

最上義光伊達政宗伊達政宗徳川家康徳川家康 

  

関連トピック

直江兼続

素材:肖像愛の兜イラスト