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戦国武将解説

伊達成実(だて-しげざね)

プロフィール

伊達成実
Shigezane Date

伊達政宗のいとこで家臣。成美じゃくて成実だよ。幼名は時宗丸。

何故か伊達家を出奔するがちゃんと帰って来る。

享年79(1568-1646)。

同い年は、豊臣秀次黒田長政宗義智。政宗よりひとつ年下。

詳細

伊達成実はその名の通り、伊達の血を引く、伊達政宗伊達政宗の重臣であり、政宗より一歳年下の「いとこ」です。

成実は政宗の大きな戦いでいつも活躍していた武勇の人。しかしそれだけではないのが、彼の魅力です。

天下統一を目論む豊臣秀吉豊臣秀吉から政宗に小田原合戦(VS北条氏政北条氏政)に出向くよう、要請がかかった時、成実は出向くべきではないと主張。

しかし天下の趨勢(すうせい)はもはや秀吉に傾いており、政宗は仕方なく小田原の合戦に出向いて行きました。東に行く政宗に、万が一のことがあれば秀吉と戦う覚悟で、成実は東北の地を守りました。

またその後、秀吉から東北に派遣された蒲生氏郷と政宗が対立したとあれば、氏郷の人質となって事の事態を防ぎました。

この蒲生氏郷との対立の処罰として、政宗は秀吉から国替えを命じられました。この時、成実の上席に留守政景(るすまさかげ)などが置かれ、成実は伊達家のこの序列に不満を持ち、腹を立てて出奔してしまいました。

出奔理由は諸説があり、これは諸説の中のひとつですが、とにかく成実は伊達家を出て行きました。そうして浮浪人生活を送り、上杉景勝上杉景勝に招かれたこともありましたが、断りました。

その後成実は、出奔理由?の留守政景などの説得により、伊達家に戻って来ました。戻ってくると再び伊達家一門衆として今度は大坂の陣で活躍するのでした。

成実は大変、謎が多くて、そこがまた彼の魅力ですが最大の魅力は、武勇もさることながら一度出た伊達家にまた戻って来る所なのではないでしょうか。成実のお帰りに対し「ただいま!」政宗は「お帰り!」みたいな?実は私も自分の所属している地元の市民団体に二度出戻っている(笑)。

伊達成実相関図

伊達家

主君:伊達政宗伊達政宗/先輩:片倉景綱 片倉景綱(小十郎)

その他

小田原合戦:北条氏政北条氏政/家出中の成実を勧誘した武将:上杉景勝上杉景勝  

主家を出た武将

藤堂高虎後藤又兵衛塙団右衛門

  

関連トピック

伊達成実イラスト