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戦国武将解説

竹中半兵衛(たけなか-はんべえ)黒田官兵衛ではない方の秀吉軍師

目次

プロフィール詳細相関図関連記事

プロフィール

竹中半兵衛
Hanbe Takenaka

美濃国(岐阜県)出身の戦国武将。正式名は重治(しげはる)。幼名は重虎。

黒田官兵衛と並ぶ豊臣秀吉の軍師。斉藤龍興の家臣だったが、龍興の素行がよくなかったので、改心してもらおうと稲葉山城を乗っ取ってしまう。

のちに織田信長、秀吉と仕えるが、秀吉の天下取りを見ずに死去。

享年36(1544-1579)。同世代は、徳川家康黒田官兵衛李舜臣など。

詳細

竹中半兵衛竹中半兵衛は斉藤龍興の家臣でしたが、主君の龍興の素行がよくないということで、龍興をちょっとこらしめてやろうと、龍興の稲葉山城を乗っ取ってしまいました。その時、半兵衛は弱冠二一歳でした。

半兵衛は別に稲葉山城がほしかったわけでもなく、龍興が改心して戻ってくる少しの間、稲葉山城を預かっていました。(わけがわかりません。)龍興は戻って来くるのですが、あっけなく織田信長に稲葉山城は落とされてしまいました。

その後半兵衛は信長に仕えることになりました。役目は豊臣秀吉羽柴秀吉に補佐にまわることでした。そして同じく秀吉の補佐役・黒田官兵衛黒田官兵衛と共に「二兵衛」と呼ばれました。

半兵衛は秀吉が浅井長政浅井長政や別所長治を倒さなければいけない時は、秀吉によきアドバイスをし活躍しました。

ある時、信長は自分に謀反を起こした荒木村重と黒田官兵衛と通じていると勘違いして、秀吉が預かっている官兵衛の長男・松寿丸(のちの黒田長政黒田長政)を秀吉に殺せと命じます。

その時、官兵衛は村重と通じている所か村重の城に幽閉されていました。半兵衛は松寿丸は私が殺しますと松寿丸を秀吉から預かり、松寿丸を守ってあげました。

そして病に倒れた半兵衛は三六歳の短い生涯を閉じました。官兵衛は救出され、官兵衛は死んだと思っていた生きている松寿丸にも出会えました。官兵衛は半兵衛にお礼を言いたかったのですが、半兵衛はもうこの世にいませんでした。

半兵衛は全く野心がなく、信長に仕えたのも早く戦乱の世が終わり、みんなが楽しくくらせるように、という願いからだったようです。

竹中半兵衛 相関図

同僚の軍師

黒田官兵衛黒田官兵衛 

初期秀吉の参謀

豊臣秀長豊臣秀長

主君

織田信長豊臣秀吉豊臣秀吉

  

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